DRPL化粧品発売までのストーリーVol.3

~私のアナザースカイアメリカ~

10年間の様々な出来事が走馬灯のように思い出されます。アーバインのレイクのほとりで、プロムの時期にはドレス姿の少女やタキシードの少年が戯れていた映画のようなシーン。リッツカールトンストリートをドライブしていると海辺のリッツカールトンホテルに行き着いた時の感動。マルーン5が住んでいたと言うロスフィリスの家の窓からは美しいグリニッジ天文台が見えたのですが、その10数年後に娘と息子が日本の武道館でマルーン5と音楽共演することになるとは!アメリカのあの街、あの時出会った人たちを思えば切なく、懐かしく、40代の私に一瞬で戻り、私はあのストリートをシャナイア・トゥエインの曲をガンガン流しながら車で走っています。

化粧品でシミが取れるわけがないじゃない!

翌日、私はドクターオバジに夜中に起きてスキンケアをとってしまった事、シミがスキンケア商品で取れるとは信じ難いと伝えました。

先生は「シミは一晩でできたわけではない。長年かかり出来たシミが簡単に取れる事はない、正しい使用方法で続ける事が大事で、40代の肌が20代の肌に戻る事もないが、あなたが50代、60代になった時、きっと皆から“綺麗な肌”と言われるだろう!あなたが望む未来は自分で創るのだよ。」先生の丁寧なアドバイスと励ましにより、私は綺麗になりたいという強い気持ちが日に日に高まるのと同時に、私自身綺麗になっていく肌を感じることができたのです。

ドクターペリコーンとの出会い

アーバインの街のレイクのほとりにノーブルという大きな本屋があり、ある日私はNew York Timesでベストセラーになった全米トップ4の皮膚科医と言われていたドクターペリコーンの『The Wrinkle Cure 』という本を見つけました。

ペリコーン方式の特徴は、外科手術や過激なピーリング、レーザー照射などの物理的、部分的な療法ではなく、天然成分のコスメシューティカル※ 医薬部外品を使ったスキンケア、栄養、エクササイズという自然な方法で、全身の老化を抑え、肌からも老いのサインを消してしまう点にあります。(※ドクターペリコーンの著書より)それ以来、ドクターペリコーンの本は私のバイブルとなっています。ドクターオバジ、ドクターペリコーン、ドクターアング、東大の吉本教授の言われていたお話から概要を私なりに捉えていました。『肌を若返らせるということは健康な素肌を取り戻すこと。加齢や環境の悪影響により低下した肌サイクル機能を内面と共に健やかに戻し、自肌力をあげ美肌へと導く。』“美肌再生理論”は美肌革命です。あれから20数年を経て、トップ4の先生達が唱えられていた美肌再生理論がドクターピュアラボのベース、コンセプトにと、確実に存在することを確信しています。

そして、私は日本から希望され個人輸出を始めることになります。

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